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毎年、恒例の平和祈念式典が8/11(土)、連日の猛暑のなか、手賀沼公園内「平和記念 碑」前で執り行われた。 私は議長として市議会を代表し挨拶をさせていただいた。 我孫子市は、昭和60年12月3日に「平和都市宣言」を行い、市民の生命と財産を守るため、 世界いかなる国のいかなる核兵器に対しても、その廃絶を求めることを宣言した。その翌年、 被爆した旧広島市庁舎の側壁と敷石を譲り受け、手賀沼公園内に「平和記念碑」を建立した。 以後、毎年、この記念碑の前で、市と被爆者の会が共同して平和祈念式典を開催してきた。 被爆62周年となる今年は式典に参加した人数が100名を超え、式典を 始めた頃、10数名の参加状況だったことを考えると感慨深い式典となった。 また、3年に一度、教育委員会が中心となり、市内6中学校から選ばれた6人の中学生が広 島平和記念式典に参加している。当日は代表して白山中代表者から広島平和記念式典に参 加した報告・感想文を式典で発表してくれるなど祈念式典に貴重な花を添えてくれた。 私の気持ちは「当日の挨拶」の中で述べたので、それを記載します。 <<<被爆62周年 平和祈念式典 挨拶>>>2007-8-11 印南 宏 昭和20年8月15日、終戦直前の8月6日に広島、9日に長崎へと人類発の原子爆弾が投下さ れ、まさに一瞬の内に数多くの尊い命が奪われました。ここに、原爆で亡くなられた方々のご 冥福をお祈りし、謹んで哀悼の意をささげるものであります。 あれから半世紀以上を経た、いまなお、原爆の後遺症に悩み、苦しみの中で数多くの方々 がお亡くなりになっております。今日の日本の平和と繁栄は、数多くの戦没者の犠牲の上に 成り立っていることを、我々は、たとえ時が移り、世代が変わりましても、戦争体験・被爆体験 が風化しないように、長く後世に語り伝えていくことが現代に生きる、私たちの使命だと思いま す。 また、昨今、被爆国であるわが国においてさえも、原爆投下の誤った認識や核兵器保有の 可能性が語られるなど、単に非核三原則を国是とするだけでなく、その法制化こそ必要になっ ているとも考えます。人類を滅亡に導く、このような兵器が二度と再び、使用されることのない よう、核兵器の廃絶に向けて、全世界に訴えることが、唯一の被爆国である日本の責任であ り、使命であると思います。 しかし、いまなお、多数の核兵器が蓄積されており、核兵器保有国が増加する恐れもあり、 私たちはより一層、核兵器廃絶と世界恒久平和確立への努力を強めなければなりません。 現在でも、世界のどこかで戦乱に巻き込まれ、犠牲になっている人々が数多く存在するのが 悲しい現状です。今日の祈念式典を通して、平和の尊さを一人ひとりがあらためて見つめてゆ く、契機となることを期待してやみません。 最後に、被爆62周年平和祈念式典を主催された、我孫子市原爆被爆者の会の皆様が、永 年にわたり、苦しみや不安の中で、平和活動を精力的に続けてこられた、ご努力に対し、心か ら敬意を表すとともに、これからの会の発展と、皆様方のご健康をお祈りいたしまして、市議会 を代表しての挨拶を行いました。 以上です 「峠 三吉の詩」・・・原爆詩集より にんげんをかえせ 「序」 ちちをかえせ ははをかえせ としよりをかえせ こどもをかえせ わたしをかえせ わたしにつながる にんげんをかえせ にんげんの にんげんのよのあるかぎり くずれぬへいわを へいわをかえせ |
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